(1)幼児洗礼の祝詞 (Gotterbrief, souhait de bapteme)と奉納絵 (ex-voto) |
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昔は、赤ちゃんは生まれて二週間以内に幼児洗礼を受けるのが普通で、一般には生まれた週の日曜日に洗礼を受けていた。そのさい、赤ちゃんを産んだ母親はベッドに寝ているため、自分の子供の洗礼式に出ることはできない。このように生まれてすぐに赤ちゃんに洗礼を授けていたのも、乳幼児の死亡率が高かったため、もしもの時に備えキリスト教徒にしておく必要があったからである。
(a) 幼児洗礼の祝詞 (Gotterbrief, souhait de bapteme)
赤ちゃんが幼児洗礼を受けるときには、今日でも代父と代母に指名された人が立ち会う。今日では、その子のお祝い時に贈物をすることくらいしか代父と代母の役割はないが、もちろん昔は、それ以外にも宗教的な役割や社会的な役割も期待されていた。代父と代母の赤ちゃんへの最初の贈物は洗礼を記念したメダルを贈ることで、この慣習は十三世紀から始まった。メダルは、洗礼用の白くて長い服の中に縫い込まれるか紙に包んで渡されていたが、やがて包み紙に装飾を施すという発想が生まれてくる。最初は紙に、赤ちゃんの姓名と生年月日、洗礼を行った場所と日付、祭司者と代父、代母の名前を書いただけの簡単なものであったが、やがてそこに聖書の一節や、子供に宛てた代父と代母からの祝詞が書き込まれるようになり、ついには様々な装飾が施されるようになる。これが有名な洗礼の祝詞(Gotterbrief, lettre de marraine / souhait de bapteme)で、一般にこうした絵を描いていたのは専門の画家ではなく近隣の絵心のある村人であった。この装飾を施された幼児洗礼の祝詞は17世紀末より現れ始め、19世紀になると、絵が画面の大部分を占めるようになり、言葉は二の次になっていった。19世紀に最もはやったモチーフの一つが、ハートに花を添えたものである。この洗礼の祝詞を貰った子供は大切に保管し、徴兵適齢期になり徴兵くじ番号 (numero de conscription)を引きに行くときに、悪い番号を引かないようにお守りとして幼児洗礼の祝詞を持っていくことがあった。この慣習は、高地ライン(オ・ラン)県ではあまり見られず、低地ライン(バ・ラン)県でよく見られたものである。幼児洗礼の祝詞には他にも下記にあげたような特徴が見られる。
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特徴
(1)絵の輪郭線に沿って、点で穴を開けられていることが多い(左と中の祝詞)
(2)額は、安価なモミを用いて作られることが多く、彩色されている。エンジは最もよく使われる色の一つ(左の祝詞)
(3)カニヴェ(canivet)と呼ばれる、はさみで切った形のものもある(右の祝詞)
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ところで、死産であったり生後すぐに死んでしまったりした子供は、この幼児洗礼を受けることができない。するとキリスト教徒として葬ってもらえず、そうした赤ちゃんの魂が浮かばれずにこの世をさまよっていると考えられていた。両親にとっても、彼らの赤ちゃんがこの世をさまよい続けなければならないと考えることは苦痛でならなかった。そこで、聖母マリアにお願いして死んだ赤ちゃんを一時的に蘇らせてもらい、その間に幼児洗礼を受けさせる、という救済方法が考え出された。この願いを聞き届けてくれるとされていた聖母マリアの一つが、キーンツハイム(Kientzheim)の小教会に安置されているマリア像である。このマリア像は一緒に安置されている聖ヨハネ像とともに、涙を流したことがある奇跡の像として中世のころより知られ、第二次大戦前まで多くの巡礼者を集めていた。小教会の中には、聖母マリアへの様々な感謝のしるしとして人々が奉納した絵(ex-voto)が壁に掛けられているが、そのほとんどが安産に対する聖母マリアへの感謝の気持ちを表したものである。
(2)奉納絵 (ex-voto)
奇跡のマリア像 (Kientzheim)
奉納絵 Ex-voto (Kientzheim)