聖ガンゴルフとゲブヴィレール (Saint Gangolphe et Guebwiller)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖ガンゴルフ (Saint Gangolphe)は、ムーズ川(la Meuse)からライン河(le Rhin)にかけての地域で信仰されていた聖人である。伝説によるとガンゴルフは、ペパン王(le Pepin)に仕える宮廷騎士だった。ある日、戦争に出かけたときのこと、ものすごく喉が渇き、近くにある泉の水を飲もうとした。けれどもその泉はあるけちな農民のもので、農民はお金を払わなければ水を飲ませないと言った。そこでガンゴルフは、持っていた棒を泉に突き差した。そして、そのまま泉を持っていってしまったという。けちな農民はたいへん悔しがった。

 またある時、ガンゴルフは自分が戦地におもむいている間に、妻が不実を働いているのではないかと疑った。この疑いの気持ちは強まり、ある時ついに妻にそのことをたずねた。もちろん彼の妻はこれを否定した。そこで彼は、妻が嘘をついていないかどうか「神判」に委ねることにした。彼女を、とある泉まで連れていき、その中に手を浸して何も問題が起こらないかどうか試してみることにしたのである。果たして彼の妻が泉に手を浸し、取り出してみたところ、手は真っ赤に火傷していたという。こうして神の審判が下され、妻の嘘がはっきりすると、怒ったガンゴルフは妻を雌牛の皮の中に閉じこめ、情け容赦なく川に投げ込んだ。雌牛の皮は波に揺られてどんどん流されていき、ついにイッセンハイム(Issenheim)の村のところまできて、打ち上げられたという。この話は、イツセンハイムの名前が出てきていることからも分かるように、ゲブヴィレールの町を中心としたフロリヴァル(Florival)の谷間で流布している伝説である。この伝説では、ガンゴルフがまだ聖人になる前だったせいか、聖人らしくない行動をとっているところが興味深い。別の伝説によると、ガンゴルフはこの事件の後、巡礼に出かけ、その後で妻の浮気相手に殺されてしまうことになっている。こちらの結末の方が、聖人にふさわしと感じられるかもしれない。いずれにせよ聖ガンゴルフは、格好は悪いが、だまされた夫の守護聖人にもなっている。妻に裏切られた男の頭には、角が生えるといわれていた。

 

 5月11日が聖ガンゴルフの日で、アルザスではとりわけフロリヴァルの谷間で信仰されている聖人であり、泉の伝説からも分かるように泉の守護聖人でもある。ローテンバックという村にこの聖人に捧げられた礼拝堂があり、5月の第2日曜が巡礼の日と定められている。近くに泉があり、この泉の上には騎士姿の聖ガンゴルフの彫像が立っている。泉の水は目の病気や皮膚病に効くとされていて、巡礼の日には多くの巡礼者が集まり、野外でのミサの後この泉の水で手や顔を洗ったり、薬にするために水をビンに入れていったりしている。巡礼の日には、聖人の礼拝堂の横に市が立ち、ちょっとしたお祭騒ぎになる。この時に売られる名物が、鳥の形をした水笛 (Glutterler)である。この中に水を入れて吹くと、中の水が波立たち「ピー」という音が震えて「ピヨピヨ」という音になり、小鳥のさえずりのように聞こえるのである。この日に野原のあちこちで聞こえてくる水笛の音は、まるで森の中で鳥たちが呼び交わす歌声のように聞こえ、その場にいる人たちを、春の到来を喜んでいる森の中にいるような気持ちにさせてくれている。

la statut de St-Gangolphe

泉の上の聖ガンゴルフ像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところでケルト人の神話によると、春の神エススが女神ロスメルタと結婚するためロスメルタを探しに出かけたとき、女神は、三羽のツルの姿をして、雄牛の上にいたという。さらに二人が結婚し、楽しい日々が過ぎた後で、ロスメルタはエススを残して地下の世界のタラニスのところへ帰っていってしまい、それを悲しんだエススは、鹿の皮をかぶり頭に角を生やすことになったという。この神話の中には、聖ガンゴルフの伝説の中で語られている要素がちりばめられてることが分かる。聖ガンゴルフの日に売られる「鳥の形をした水笛」と女神が変身していた「三羽のツル」、聖ガンゴルフの妻がその皮の中に閉じこめられた「牛」と女神がその上に乗っていた「雄牛」、そして妻に裏切られた聖ガンゴルフと春の神エスス、こうした類似性は、聖ガンゴルフの伝説がケルト人の神話をもとに生まれた可能性があることを示しているものである。そのように考えたとき、聖人でありながらおよそ聖人らしくない聖ガンゴルフの振る舞いを理解することが出来るだろう。 

 

 

 

 

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