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農家の室内 (l'interieur de la ferme)
1.アルザスの農家の作り
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伝統的なアルザスの農家は、中庭を取り囲むように、作業場、馬小屋、納屋、家畜小屋、そして居住棟など、用途別に建てられたいくつかの建物がコの字型に集まって出来ている。もちろん、いきなり全ての建物を作ることは出来ないので、これらは順番に建てられていくことになる。敷地内の出入りには並んだ二つの門が使われ、大きな門は馬車が荷車を引いて出入りするときに、小さな門は人が出入りするときに使われる。
家畜小屋
居住棟
果樹園
かまど
小
庭
井戸
堆肥
通用門
←
←
車用門
中庭
納屋
玄関
道
路
道
路
馬小屋
作業場
2.農家の居住棟の間取り(1階部分)
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居住棟の玄関は、中庭に面した、左右にある階段を上ったところにある。ここから中に入ると、まず、玄関スペース(Husehre)に出るが、普通その床には、ヴォージュ産の赤と灰色の砂岩が交互に敷き詰められている。玄関スペースの突き当たりには台所があり、左右どちらか(上の図では右)に居間が、その反対側に二つの寝室があった。また、玄関スペースには二階に上がる階段があり、この階段を上がったところには小部屋があって、昔は食料庫や燻製室として使われていたが、今日では風呂場などに改装されていることが多い。二階の間取りは一階のそれと同じで、一階の居間の上にある部屋は親戚や客が来たときに使われていた。また、一階の二つの寝室の上にも同じように二つの寝室があり、ここには子供たちが寝起きしていた。
居間と二つの寝室の位置関係は、居間がどちらに位置するかによって決まっていた。というのも居間は、中庭と通りに面した場所に位置することになっていたからである。それによっていつでも一家の主人が、家の内側と外側で起きていることを見ることができるようにするためである。農家の家の中心となるのがこの居間(Gross Stub, la salle de sejour)で、どの部屋よりも大きく、様々な用途に用いられていた。そこで人々は食事をし(アルザスでは、台所は食事の準備をするところで台所で食事を取ることはなかった)、親類や友人を迎え入れ、冬になれば夜の集いの場所となり、道具の修理や裁縫、糸巻などの作業場になっていた。
居間はまた、お祈りの場所でもあった。居間の中の中庭と通りに面した隅のところが一家の主人の座る場所で、壁に沿って備え付けられた長イスに座って一家の主人は家の内側と外側を監視していたのだが、その角のところにおかれていたのが神棚(Herrgottswinkel,le coin du Bon Dieu)である。そこには、木彫で彩色されたイエスの十字架像や木製か陶器性の聖母マリア像が置かれ、宗教画や聖人のガラス絵、巡礼地から持ち帰った聖人の肖像画などが合わせて飾られていました。そして、十字架像の後ろには、枝の主日の際に聖別された木の枝や聖母マリアの昇天祭のときに聖別された「最後の束」などが置かれたりした。それに対し、プロテスタント派の人たちは聖人を信仰していなかったので、聖人像の代わりに、イエスの磔刑や最後の晩餐といった聖書の場面や聖書の言葉が飾られていた。こうした宗教的な物の下には、二段になった三角コーナー用の小さな家具が吊るされるか固定されていて、ドアのついた上部には家族に関する書類がしまわれ、ドアのない下部にはワインや蒸留酒の入った水差し、コップ、聖書や祈祷書などが置かれていた。
居間の台所に面した壁には、大きな陶器製のストーブ(dr Kachelofe)か鋳鉄製のストーブがあった。ストーブは居間の重要な要素の一つで、特に冬の集いの時間にみんなが作業をしたり、過去から言い伝えられてきたことが次の世代に語り継がれたりしてきたのが、このストーブの周りである。ストーブが台所に面した壁に置かれていたのも、ストーブの火の補給口が台所にあったからで、そのため台所と居間の間の壁は、分厚く頑丈に作られていた。ストーブの掃除が行われていたのも台所側である。寒い時期には欠かせないストーブだが、家の中でストーブはこの居間にしかなかった。そのため居間以外の部屋には暖房がなく、寒い時期には布団を暖めるために、湯たんぽ、行火、ストーブの上で温めておいた円盤型の陶器などが使われていた。
アルザスの農家の居間で最も特徴的なのは、アルコーヴ(alcove)の存在である。アルコーヴとは、居間を二つに仕切る板壁またはその板壁によって仕切られた奥の空間のことを言い、このアルコーヴによって居間はリビングと寝室とに分けられていた。部屋の大きさによって異なるが、普通アルコーヴには寝室に入るための開口部が二つあり、どちらもドアはついておらず、普通はカーテンによってリビングと仕切られていた。また、二つの開口部の間には、押し入れダンスや柱時計があった。アルコーヴで仕切られた奥の寝室には、彩色の施された天蓋付のゴシック風ベッドが置かれていた。都市に住む人たちのベッドは、彩色や天蓋などのない彫刻などが施された立派なものだったが、農民たちのそれは、村の家具職人が注文に応じて白木で作り、村の画家か旅回りの画家が彩色を施したものだった。このベッドは、家の主人夫婦が寝起きするためのもので、婚礼家具として作られたものだった。そのためベッドは代々伝えられるものではなく、一代かぎりのものだった。ベッドの頭部には小さな台があり、そこに祈祷書が置かれていた。また、天井部分には祈りの言葉が書かれるのが普通で、寝ながらその祈りの言葉を読むことが出来るようになっていた。祈りの言葉はまた、夫婦の名前と一緒に、ベッドの頭部にも書かれていた。アルコーヴの寝室は、普通は一家の主人夫婦の寝室だったが、唯一ストーブのあるのが居間であったことから寒い時期は居住棟で一番に暖かく、新生児がいる場合はここに寝かせていたし、病人が出た場合にもここに病人を寝かせていた。最も暖房を必要としていたと考えられる一家の年寄りたちはというと、玄関スペースを挟んで居間の向かい側の寝室で寝起きしていた。
アルコーヴ (ポール・コフマン P.Kauffman画)
居間の角 :神棚、アルザスのテーブル、イス